298円弁当が、20年ぶりに戻ってきた

僕が学生だった20年ほど前、298円の弁当があった。

当時はデフレだった。

企業は少しでも安く売ろうと競争し、


消費者も安いものを求めた。

だから298円の弁当が生まれた。

そして2026年。

ローソンから、297円の弁当が発売された。

ほとんど同じ値段だ。

でも、意味はまったく違う。

今はデフレではない。

インフレの時代である。

米も、肉も、魚も、人件費も、物流費も上がっている。

そんな時代に、なぜ297円の弁当が出てくるのか。

ローソンが考えた答えは、極めてシンプルだった。

おかずを一つにする。

鮭だけ。
とうもろこしだけ。
ソーセージだけ。

具材を削ることで、価格を下げる。

ローソン自身も、物価高の中での「メリハリ消費」に対応する商品だと説明している。ローソン

企業がこういう商品を全国で売るということは、それなりの需要があると判断しているということだ。

ここを僕は少し考えてしまう。

20年前の298円弁当は、

「安くできるから、安く売る」

商品だった。

今回の297円弁当は、

「高いものを買えない人にも売れるものを作る」

という側面を持っているのではないか。

もちろん、この弁当を買う人が貧しいとは限らない。

昼食を簡単に済ませたい人もいるだろうし、
鮭だけで十分という人もいる。
節約そのものを楽しむ人もいる。

だから、

「この弁当が売れる=日本人が貧しくなった」

とまで言ってしまうのは乱暴だと思う。

しかし、この商品が生まれた背景まで無視することもできない。

世界では資産の偏在が進んでいる。

World Inequality Report 2026によれば、世界の富の約37%を上位1%が所有し、上位10%まで広げれば約75%になる。

一方、世界人口の下位50%が持つ富は、わずか2%だ。World Inequality Report 2026

そしてインフレは、同じようには人々を苦しめない。

株や不動産などの資産を持つ人は、物価上昇とともに資産価格が上昇することがある。

一方で、所得の大部分を生活費に使う人にとって、

米が上がる。
パンが上がる。
電気代が上がる。
外食が上がる。

という変化は、そのまま生活を圧迫する。

つまりインフレの時代には、

「同じ国に住んでいても、見えている景色が違う」

ということが起こる。

一方では、高級ホテルも、高級時計も、高級車も売れる。

もう一方では、

「おかずは一品でいいから、300円で昼飯を食べたい」

という需要が生まれる。

ローソンは今回、「一点突破すぎ!」と同時に、海鮮などを使った「贅沢すぎ!」商品まで投入している。ローソン

実は、この二つの商品を同時に売ることこそが、今の時代を表しているのかもしれない。

297円の弁当と、贅沢な弁当が、同じコンビニの棚に並ぶ。

真ん中が薄くなっていく。

これは弁当の話なのだけれど、

弁当だけの話ではない。

僕は、この297円弁当があまり売れない社会であってほしいと思う。

安い商品を否定したいわけではない。

むしろ企業努力としてはすごいと思う。

ただ、

「これくらいまで削らないと昼食を買えない」

という人が増えた結果として売れるのであれば、少し寂しい。

20年前と同じ300円。

でも、

デフレの300円と、インフレの300円は、意味が違う。

その違いには、少し敏感でいたいと思う。

onorenoo

おのれ

@onorenoo

最後まで読んでいただきありがとうございます。
日々の気づきや社会観察は X でも発信しています。

フォローする