夜中の3時と雨の音

今の時間は、夜中の3時。

息子たちの寝かしつけに敗北し、
リビングでちょっとした仕事をしています。

頭は妙に冴えている。
静かで、誰にも邪魔されない。

明日は大丈夫か?
と思いながらも、
こういう時間が結構好きだったりします。

歳を重ねると早寝早起きになる、
という話を聞いたことがありますが、
最近、それを少しずつ体感しています。

これはきっと、
人間という動物のバイオリズムなのだと思います。

そして、外は大雨。

台風が近づいているらしく、
窓の向こうから雨の音がずっと聞こえています。

大雨の音を、家の中で聴いている時間。

あれはなぜか、少し落ち着きます。

理由はうまく説明できません。

恵みの雨だからなのか。
今日は家でゆっくりしていなさい、と
世界から強制されている感じが心地いいのか。

晴れの日には、
どこかへ行かなきゃいけないような気がする。

何かをしなきゃいけないような気がする。

でも雨の日は、
外の世界の方から少しスピードを落としてくれる。

「今日はそんなに頑張らなくてもいいよ」

そう言われているような気がするのかもしれません。

雨には、少しネガティブな印象もあります。

楽しみにしていた予定が中止になる。
せっかくの旅行なのに雨。
運動会も、遠足も、外遊びも、雨で流れる。

でも、思い返してみると、
雨の日の記憶ほど妙に鮮明に残っていたりします。

晴れの日の思い出は、
案外、きれいにまとまりすぎて忘れてしまう。

でも雨の日は違う。

靴が濡れた感じ。
服に染み込む湿気。
窓の外の暗さ。
体育館に響く雨音。
傘を畳んだ時の匂い。

そういう余計なものが、
記憶にくっついて残っている。

雨は、思い出にとってのスパイスなのかもしれません。

楽しいだけではない。
少し面倒で、少し残念で、少し不便。

でも、その不便さがあるから、
その日の感情が輪郭を持つ。

僕の高校の卒業式は雨でした。

体育館の中にいて、
外はずっと雨でした。

卒業式で誰が何を話したのか。
自分が何を考えていたのか。
正直、ほとんど覚えていません。

でも、
雨だなぁと思いながら、
体育館の外を眺めていた景色だけは、
今でもなぜか覚えています。

他のことは、全部忘れてしまったのに。

人の記憶というのは不思議です。

大事な言葉よりも、
その日の空気の方が残ることがある。

出来事そのものよりも、
その時の湿度や音や匂いの方が、
深く心に保存されることがある。

夜中の3時。
息子たちは寝ている。
外は大雨。
僕はリビングで、少しだけ仕事をしている。

明日の自分は、きっと眠い。

でも、こういう夜も悪くない。

いや、むしろ、
人生の中であとから思い出すのは、
こういう何でもない夜なのかもしれません。

雨の音を聞きながら、
家の中にいる。

それだけで、少し満たされる。

たぶんそれは、
外の世界が荒れている時ほど、
自分の居場所の静けさが際立つから。

雨は、予定を乱す。
でも同時に、記憶を濃くする。

晴れの日には残らなかった感情を、
雨の日はそっと保存してくれる。

だから雨の日の記憶は、
少し濡れたまま、
いつまでも心の中に残っているのだと思います。

晴れの日は景色になる。雨の日は記憶になる。

onorenoo

おのれ

@onorenoo

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