今日は少し難しい話?をします。
けれども、大事な話です。
政治家の主張:要約
ある政治家がSNSにこんな内容を投稿していた。
円安が止まらない。
日銀は政策金利を引き上げ、政府は財政収支の均衡を目指すべきだ。
円高になれば輸入物価が下がり、年金受給者や低所得世帯の家計が助かる。
そのためには小手先の市場介入ではなく、日銀と政府が新しい政策協定を結ぶことが必要だ。
また、政府がエネルギー価格の高騰のたびに補助金を出してきたことも問題だと言う。
補助金は家計への一時的な救済になるが、
財政赤字を拡大させ、再生可能エネルギーへの転換や住宅断熱といった構造的変化を遅らせる。
結果として、次のエネルギー危機でも同じダメージを受けることになる、と。
正しいと思うこと
補助金批判については、同意する。
需要と供給の変化を無視した価格介入は、変化の痛みを先延ばしするだけだ。
エネルギー価格が上がれば、
本来なら省エネ住宅への投資や再エネへのシフトが加速するはずだが、
補助金はそのシグナルを鈍らせる。
とはいえ、太陽光発電を含む省エネ住宅という制度も何だか怪しいもんです。
次の危機が来たとき、社会はまた同じ場所に立たされる。
構造的変化を直視せず、痛みだけを和らげる政策は、問題を未来に先送りしているだけだ。
この指摘は正しい。
でも、処方箋が足りない
「円高にすれば輸入物価が下がり家計が助かる」
という論理には、大きな前提が抜けている。
一度上がった価格は、そう簡単には下がらない。
これは感覚的な話ではない。
経済学でも「価格の下方硬直性」として知られている現象だ。
企業にとって価格を下げることは、コスト削減や利益圧縮を意味する。
円高になって輸入コストが下がっても、それが小売価格に反映されるかどうかは別の話だ。
実際、過去の円安局面で値上げした商品が、その後の円高局面でも元に戻らなかった例は数えきれない。
さらに、今のインフレは円安だけが原因ではない。
地政学リスクによる資源・食料のドル建て価格の上昇、
定着しはじめた賃上げコスト、
そして「値上げは当たり前」という企業と消費者の心理的な慣れ。
これらは円高で打ち消せるものではない。
金利を上げて円高に誘導しても、すでに上がってしまったものは戻らない。
それよりもはるかに強い力でインフレが進行しているのだ。
政策では、どうにもならないのかもしれない
では、どうすればいいのか。
正直に言えば、政策でどうにかなる問題だとは思っていない。
補助金をやめれば痛みは増す。
金利を上げれば住宅ローンの負担が増え、企業の資金調達コストも上がる。
財政を引き締めれば、社会保障や教育への支出が削られる。
どの処方箋にも、誰かが払うコストがある。
政治家はそのコストを正直には語らない。
語れば票を失うからだ。
結局、インフレと円安という構造的な変化の波に対して、
政策は「緩和する」ことはできても「止める」ことはできない。
知ること、動くことが、自分を守る
では、個人にできることは何か。
変化を知り、変化に合わせて動くことだけだ。
円の価値が下がっていくなら、
円だけで資産を持つリスクを知る必要がある。
インフレが続くなら、現金の価値が目減りしていくことを理解した上で、
自分なりの対策を考えなければならない。
補助金が縮小されていくなら、
自分のエネルギーコストや生活コストの構造を見直す必要がある。
誰かが守ってくれるという前提を手放したとき、初めて自分で動ける。
これからの時代は、知るものと知らないものの間に、
静かに、
しかし確実に
格差が広がっていく時代になるかもしれない。
それは不公平に見えるかもしれないが、
変化の波を前に、
そうなっていくのは歴史の必然でもある。
政治家のポストを読みながら、そんなことを考えた。
