今の経済や金融の仕組みというのは、
歴史的な力学の結果として生まれたものなのだと思います。
それを理解するのに、必ずしもたいそうな歴史の知識が必要なわけではありません。
もちろん、正確な知識は大切です。
けれども、それ以上に大切なのは、
点と点を線でつなげていく考え方ができるかどうか。
一つひとつの出来事を、単なる暗記として覚えるのではなく、
その裏にある力学を想像すること。
なぜ、その制度が生まれたのか。
誰にとって都合がよかったのか。
なぜ、そのタイミングだったのか。
そして、その結果として誰が得をし、誰が損をしたのか。
そう考えていくと、
経済や金融の仕組みは、ただ自然に発生したものではないのではないか、
という感覚が生まれてきます。
もちろん、すべてに明確な証拠があるわけではありません。
歴史の中には、誰にも完全には証明できないことがたくさんあります。
当事者が残した記録も、都合よく編集されているかもしれません。
後世に伝わっている説明も、勝者の側から見た物語かもしれません。
だからこそ、証拠の有無だけで考えるのではなく、
構造として何が起きているのかを見る力が必要なのだと思います。
直感的に、これはこういうことではないかとひらめくこと。
点と点がつながった瞬間に、世界の見え方が少し変わること。
その感覚は、意外と大事なのではないかと思います。
日本でもNISAが導入され、
金融教育が高校で始まっているようです。
複利を教える。
保険を教える。
家計管理を教える。
投資を教える。
それ自体は、とても良いことだと思います。
お金について学ぶことは大切です。
貯金だけでは資産を守れない時代になり、
インフレによって現金の価値が目減りしていくことも、
多くの人が実感し始めています。
ただ、ここで少し立ち止まりたいのです。
今、「金融リテラシー」として教えられていることの多くは、
システムの中でうまく泳ぐ方法です。
NISAを使いましょう。
長期・分散・積立をしましょう。
保険を見直しましょう。
家計を管理しましょう。
インデックス投資を活用しましょう。
もちろん、それは実践的で役に立つ知識です。
でも、そのシステムそのものが、
なぜ、誰によって、どのように設計されてきたのか。
そこにはあまり触れられません。
別に、知らなくてもうまく泳げればそれでいい。
そういう考え方もあると思います。
実際、個人の生活を守るという意味では、
まずは制度を理解し、使えるものを使うことが大切です。
けれども、せっかくなら、もう一段階深く理解したい。
金融システムの中でどう動くかだけではなく、
その金融システム自体がどのような歴史の上に成り立っているのか。
そこまで考えると、
物事の見え方はかなり変わります。
たとえば、FRBの設立。
アヘン戦争。
金本位制の崩壊。
リーマンショック後の世界。
これらを別々の歴史的出来事として見ることもできます。
でも、点と点をつなぐように見ていくと、
そこには共通する力学が見えてきます。
通貨とは何か。
信用とは何か。
国家とは何か。
中央銀行とは何か。
金融とは、誰のために存在しているのか。
そう考えていくと、
金融システムは「自然に発生した公平な仕組み」ではなく、
特定の力学と意図が積み重なってできたものなのではないか、
という認識にたどり着きます。
これは、単なる陰謀論とは違います。
誰か一人の悪者がいて、
すべてを操っているという単純な話ではありません。
むしろ、もっと複雑です。
国家の都合。
資本の都合。
戦争の都合。
企業の都合。
民衆の不安。
技術の進歩。
危機への対応。
そういったものが折り重なりながら、
今の金融システムは形作られてきたのだと思います。
この認識があるかどうかで、
たとえばNISAで何を買うかという個人の判断も変わってきます。
インデックス投資をする。
S&P500を買う。
オルカンを買う。
米国株に投資する。
それは単なる投資商品の選択ではありません。
ある意味では、
アメリカという国の成長に賭けることです。
米ドルを中心とした金融秩序に乗ることです。
世界の資本主義の流れに自分のお金を置くことです。
そう考えると、
「何を買えば儲かるか」だけではなく、
「自分はどの仕組みに乗っているのか」という視点が生まれます。
これは、投資を否定する話ではありません。
むしろ逆です。
仕組みを理解したうえで、
その仕組みを利用する。
ただ流されるのではなく、
自分がどの川を泳いでいるのかを知る。
それが、本当の意味での金融リテラシーなのではないかと思います。
金融教育は大切です。
でも、複利を教えるだけでは足りない。
NISAを教えるだけでも足りない。
保険や家計管理を教えるだけでも足りない。
その奥にある、
お金とは何か。
信用とは何か。
国家と通貨はどう結びついているのか。
金融危機のたびに、誰が救われ、誰が痛みを引き受けてきたのか。
そういう問いに触れてこそ、
お金の教育は本当の意味で深くなるのだと思います。
この点と点をつなぐ力は、
誰かに教えられるものなのか。
それとも、自分でひらめくものなのか。
ある日突然、気づくものなのか。
それは分かりません。
でも、気づきたいところではあります。
システムの中でうまく泳ぐことも大事です。
けれども、そのシステムの成り立ちを疑うことも、同じくらい大事です。
なぜなら、疑うことは、悲観することではないからです。
疑うことは、世界をもう一段深く見ること。
考えることを他人に預けないこと。
自分の人生を、誰かが作ったルールの上にただ置きっぱなしにしないこと。
金融リテラシーのその先にあるもの。
それは、
お金の増やし方ではなく、
お金に支配されすぎないための視点なのかもしれません。
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