研修医の時に「大切な気づき」、理想の医師像とは?

僕が関西地方で研修医をしている時に、とても優秀な救急医がいました。

N先生としましょう。

普段は腎臓内科をメインにしているものの

国立循環器センターで研鑽を積まれたかなり優秀なドクターでした。

 

わかりやすく「できる先生」は、研修医など若手医師にとっては憧れの存在になります。

僕の中でも、すごく「かっこいい先生だな」と思っていましたし

実際に一緒に当直するなどして、N先生の実力に感銘をうけました。

疑いようのない優秀な医師です。

もちろん、患者さんにも優しい非のつけどころがない医師です。

今も、そうなんだと思います。

自分や家族に何かあったらN先生に診てもらいたいと思えるような医師です。

 

N先生の所属する糖尿病・腎臓内科を研修医でローテーションした時も

内科のこと、救急科のこと

たくさん指導いただき感謝していますし

とても勉強になりました。

 

一緒に働く中で、N先生には「一緒に働こう」と誘われるシーンもありましたが

救急という働き方が自分にはあっていないと直感的に感じていたこと

それがいちばんの理由で首を縦に振ることはありませんでした。

「どうなんですかね、、、」とか言ってはぐらかしていました。

 

医師の中には、救急医のような全身を診察でき、集中治療室での精密な体液管理などを得意とする

ジェネラリストと呼ばれるような人もいれば

特定の手術や臓器に関して突き詰めた治療や手術を行う

スペシャリスト(というより、職人?)と呼ばれるような人もいます

例えば、整形外科や眼科などの先生がそうなのかなと思います

 

僕が唯一、N先生の発言で引っかかっていることがあります。

それが「眼科や整形外科の医師は全身管理が出来ない。ダメだよ、あいつらは」

と、

少し馬鹿にしていたような口調で言っていたことです。

もちろんそこまで悪意はなかっただろうし

研修医の僕に対してちょっと「言ってやりたい」気持ちもあったのではと感じました。

でも、

もし僕らが

白内障になったら?網膜剥離になったら?

足を骨折したら?変形性関節症で手術が必要になったら?

「先生には、その手術ができるんですか?」

と、

心の中で思いました。

 

人にはそれぞれ

歩むべき道や、歩みたい道

才能が発揮できる道があります

 

命が何よりも大事なことであるのは間違いないですが

命を救うことだけが正義ではない

 

それは僕が2年間、3次救急病院で、一晩に救急車を10台

月に8回も当直してきた現場で感じた1番の思いでした。

もちろん、同じ経験をして、同じものを見て

そのまま救急科に進んだ同期もいます

同じ景色を見てきてもやりたいことや極めたいことは人それぞれ

それでいいし

それがいいと思います

 

華やかで、エリートコースのN先生の実力と経歴は

どこか、他の診療科の先生を敬う気持ちを失っているのではないかと感じてしまいました。

研修医の頃の自分には

それがちょっと残念に感じました。

10年以上も経って

わざわざそれを文章に起こしているくらいですからね

まあまあ、どこか心の奥底に響いているのは間違いないです。

 

そして、僕は社会に出てから

実力があるのに偉ぶらずに

自分の道を歩むことを何よりも大事にしたいと思うようになり

今日に至ります。

できているのかな?と思いながら。

 

Oyaji Diary

onorenoo

おのれ

@onorenoo

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