W杯が始まりましたね。
2026年大会は、6月11日にメキシコ対南アフリカで開幕しました。今回は48チーム、全104試合という過去最大規模の大会です。(FIFA)
各国のメンバー選考には、当然いろいろな意見があるようです。
「あの選手を呼ぶべきだった」
「なぜあの選手が選外なのか」
「このメンバーで本当に勝てるのか」
外から見る側としては、そうやって語るのもW杯の楽しみのひとつです。
ただ、代表チームに必要なのは、単純な意味での「最高のメンバー」ではなく、チームとして機能する「最善のメンバー」なのだと思います。
たしか、いつかのフランス代表のデシャン監督も、そんな趣旨のことを言っていたような気がします。
誰を選ぶのか。
そして、誰を選ばないのか。
それは、最後は監督が決めることです。
もちろん、
「あいつがいればな」
と話題にするのは自由です。
楽しいですしね。
ただ、ワールドカップのような短期決戦では、個の能力だけでは勝ち切れないと思います。
チームの団結力。
空気。
役割の理解。
ベンチを含めた一体感。
そういう目に見えにくいものが、実力に掛け算される。
おそらく、調和の取れたチームほど、持っている力以上のものを出して、上位へ進出していくのでしょう。
そういう意味では、過去2大会で健闘したクロアチアは、とても印象的でした。
もちろん技術も戦術も素晴らしい。
でも、それ以上に、モドリッチ選手の存在がチーム全体の力を引き出していたように見えました。
走る。
戦う。
諦めない。
味方を信じる。
あの姿勢が、チームに伝播していたのだと思います。
このようなベテランは、本当に重要な存在です。
一方で、難しいのは、ベテランと老害は紙一重だということです。
特にサッカーのような、流れと勢いが重要なスポーツでは、偉大な存在が逆にブレーキになることもあります。
過去の実績が大きければ大きいほど、周囲は気を遣う。
監督も扱いに悩む。
若い選手が伸び伸びプレーできなくなる。
本人に悪気がなくても、チームの流れを止めてしまうことがある。
これはサッカーに限らず、どんな組織でも同じなのかもしれません。
ベテランがいることで、チームが締まることもある。
ベテランがいることで、若手が萎縮することもある。
支柱になるのか。
重しになるのか。
その差は、本人の立ち振る舞いにあるのだと思います。
クロアチアのモドリッチ。
アルゼンチンのメッシ。
ポルトガルのクリスティアーノ・ロナウド。
そして日本の長友。
こういったベテランたちが、チームの中でどのように振る舞うのか。
自分が主役であり続けようとするのか。
それとも、チームが勝つための役割を受け入れるのか。
そこも、今大会の大きな見どころだと思います。
メッシ、ロナウド世代を見てきた自分としては、彼らのプレーそのものだけでなく、
「偉大な選手が、晩年にチームの中でどう存在するのか」
というところにも注目しています。
若さは勢いを生む。
経験は深みを生む。
でも、経験は扱い方を間違えると、重さにもなる。
W杯は、国と国の戦いであり、スター選手の祭典でもあります。
でも同時に、
人が年齢を重ねた時に、どう組織と関わるべきか。
どう次の世代と並び立つべきか。
そんなことを考えながら見ると、また違った楽しみ方ができるのかもしれません。
Oyaji Diary
