金利が上がる。
物価が上がる。
住宅価格も上がる。
結果として、家が買えなくなる。
これって、スタグフレーション以外の何物でもないのではないか。
最近の住宅市場を見ていると、そんなことを考えてしまいます。
もちろん、経済学的な意味でのスタグフレーションとは少し違います。
ただ、住宅を購入しようとする人にとっては、経済が成長しているかどうかなんて、あまり関係のない話かもしれません。
大事なのは、自分の給料で家が買えるのかどうか。
そして今、その当たり前のことが、少しずつ難しくなっているように感じます。
住宅価格が上がり、金利も上がる
日本銀行は利上げを進めています。
2026年9月には政策金利が1.25%程度まで引き上げられました。
インフレを抑えるために金利を上げる。
経済学的には理解できます。
ただ、これから住宅を購入する人にとっては、なかなか厳しい話です。
住宅価格が上がるだけでも大変なのに、住宅ローンの金利まで上がるのですから。
例えば、以前なら5,000万円で買えた住宅が、6,500万円になったとします。
35年ローンで金利0.5%なら、5,000万円の毎月返済額は約13万円。
一方、6,500万円を金利1.5%で借りると、毎月約20万円になります。
住宅価格は30%の上昇ですが、毎月の返済負担は約53%も増加します。
もちろん、これは仮定の話です。
ただ、住宅価格と金利が同時に上昇することの怖さは、よくわかります。
給与も同じくらい増えていれば問題ないのでしょう。
しかし、現実には住宅価格の上昇に給与の増加が追いつかない人も多いはずです。
真面目に働いて、収入を増やして、貯金して。
それなのに、買える住宅の選択肢が以前より少なくなってしまう。
なんとも不思議な社会です。
貨幣価値の希薄化という視点
そもそも、住宅の価値が上がっているのでしょうか。
それとも、お金の価値が下がっているのでしょうか。
もちろん、両方の要素があります。
人件費や建築資材の価格上昇、利便性の高い土地への需要集中など、住宅価格が上がる理由はいくつもあります。
一方で、インフレとは、お金で買えるものが少なくなることでもあります。
同じ1,000万円でも、10年前と今とでは、購入できるものが違います。
お金の額面は変わらないのに、購買力は低下している。
貨幣価値の希薄化です。
ここで厄介なのは、銀行預金という形でお金を保有している人と、不動産や株式などの資産を保有している人では、インフレの影響が異なることです。
現金の額面は変わりません。
しかし、実物資産や企業の収益力を背景とした資産は、インフレに伴って名目価格が上昇する場合があります。
もちろん、株式も不動産も値下がりしますし、保有していれば必ずインフレに勝てるわけではありません。
それでも、現金だけを持っている人と、値上がりする資産を持っている人の間には、少しずつ差が生じます。
インフレは、単にモノの価格を上げるだけではありません。
資産を持っている人と、これから資産を手に入れようとする人の立場を、大きく変えてしまいます。
r>gの副作用なのか
ここで思い出すのが、経済学者トマ・ピケティの有名な不等式です。
r>g
rは資本収益率、gは経済成長率です。
簡単にいえば、資本から得られる収益が、経済全体の成長よりも速く積み上がっていくという関係です。
もっとも、r>gは住宅価格の上昇を直接説明する公式ではありません。
また、資本収益率と経済成長率を比較するものであり、住宅価格の上昇率と給与の上昇率を直接比較する式でもありません。
ただ、その背景にある資産格差の問題を考えると、今回の住宅市場と無関係ではないように思えます。
例えば、10年前に住宅を購入した人。
低金利で住宅ローンを組み、今ではその住宅の市場価格が大きく上昇しているかもしれません。
住宅を購入した人は、毎月ローンを返済しながら、資産も保有しています。
一方、住宅を購入せずに貯金を続けてきた人はどうでしょうか。
頭金は増えたかもしれません。
しかし、それ以上に住宅価格が上がっていたら。
さらに、住宅ローン金利まで上昇していたら。
10年間真面目に貯金をしてきたのに、住宅購入がむしろ遠ざかってしまった。
こうしたことも起こり得ます。
何とも皮肉な話です。
早く買った人が偉いわけではない
ここで勘違いしたくないのは、住宅を早く購入した人が偉いわけでも、購入しなかった人の判断が間違っていたわけでもないということです。
住宅購入には、家族構成や仕事、住む地域、将来の転勤など、さまざまな事情があります。
そして、そもそも生まれた時代が違います。
住宅価格が比較的安く、超低金利で購入できた世代。
住宅価格が上昇し、金利も上昇する時代に購入を考える世代。
同じように働いて、同じように貯金をしても、手に入れられる住宅が違う。
これは個人の努力だけでは説明できません。
住宅という、生活の基盤になるものについても、資産をすでに所有しているかどうかが、その後の経済的な余裕を左右するようになっています。
もちろん、住宅の価格は上がり続けるわけではありません。
人口減少や金利上昇によって価格が下がる地域もあるでしょう。
所有することには修繕費や税金、価格下落のリスクもあります。
それでも、少なくとも需要の強い地域では、後から住宅を購入する人ほど厳しい条件を突きつけられる状況が生まれています。
利上げは悪いことなのか
では、金利を上げなければ良いのでしょうか。
そう単純な話でもありません。
低金利を続ければ、借入が容易になり、住宅価格をさらに押し上げる可能性があります。
また、インフレが続けば、お金の購買力は低下します。
利上げには、過熱した需要を抑え、物価を安定させるという役割があります。
一方で、住宅の購入を考えている人にとっては、利上げの効果が住宅価格に反映されるより先に、借入負担の増加がやってきます。
ここが難しいところです。
物価を抑えるための政策が、短期的には生活に必要な住宅をさらに買いにくくしてしまう。
経済全体にとって合理的な政策が、個人にとって合理的な結果になるとは限りません。
だからといって、利上げをやめれば解決するという話でもない。
どちらに進んでも、誰かが影響を受けるのです。
働くことと、資産を持つこと
結局、今回の住宅価格と金利の上昇を考えていて、行き着いたのはここでした。
かつては、真面目に働いて、貯金をしていれば、いずれ家を買える。
そんな人生設計が比較的描きやすかったように思います。
ところが、今はどうでしょうか。
働いて収入を増やしても、その間に住宅価格が上がる。
貯金をしていても、その間にお金の購買力が下がる。
住宅を買おうと思った頃には、金利まで上がっている。
もちろん、こうした状況が永遠に続くとは限りません。
しかし、これからは労働所得だけでなく、保有する資産や負債の構成が、個人の経済状況を大きく左右する時代になるのかもしれません。
投資をすれば必ず豊かになれるわけではありません。
住宅を買えば必ず得をするわけでもありません。
ただ、資産を持つこと、借入をすること、現金を保有すること。
それぞれの意味を理解せずに生きていくには、少し難しい社会になってきたように感じます。
住宅が買えない社会は、豊かな社会なのか
住宅価格が上がれば、不動産を所有する人の資産価値は増えます。
数字の上では、社会全体の資産額も増えるかもしれません。
しかし、その住宅に住むことで得られる生活の豊かさまで、同じように増えているのでしょうか。
昨日まで5,000万円だった住宅が、今日6,500万円になったとしても、家が突然広くなるわけではありません。
断熱性能が向上するわけでも、駅から近くなるわけでもありません。
それなのに、これから購入する人は、より多くのお金と、より多くの労働を必要とします。
住宅の値上がりを経済的な豊かさとして喜ぶことと、住宅が手に入りにくい社会を憂うこと。
この二つは矛盾しないのだと思います。
僕自身、資産形成に取り組んでいますし、資産を持つことの重要性も感じています。
だからこそ、資産を持つ人が有利になる仕組みを理解する一方で、その仕組みが社会にもたらす影響についても考えてしまいます。
人は、より豊かになるために働いているはずです。
それなのに、同じ生活を手に入れるために、以前より多く働かなければならない。
経済は成長しているのかもしれない。
資産価格は上がっているのかもしれない。
でも、それを本当に豊かになったと言ってよいのでしょうか。
金利が上がる。住宅価格も上がる。
家が買えない。
スタグフレーションという言葉が正しいかどうかはさておき、今の住宅市場には、そんな矛盾があるように感じます。
