最近、この話を見ていて、少し考えてしまいました。
もちろん、まだ廃止が決まったわけではありません。
議論が始まった。
ただ、それだけです。
でも、
こういう議論が始まること自体に、
僕は少し嫌なものを感じます。
少子化の原因は、本当に分かっていないのでしょうか
日本人の出生数は、減り続けています。
若い人が結婚しなくなった。
結婚する年齢が遅くなった。
結婚しても、
経済的な余裕がない。
子どもは持たない。
あるいは、一人でいい。
もちろん、
価値観も変わりました。
昔のように、
結婚する。
子どもを持つ。
家を買う。
それが当然という時代でもありません。
それはそれでいいと思います。
でも、
経済的な事情まで重なっているのなら、
話は少し違います。
高齢化社会は、いつか終わる
以前、誰かが言っていました。
日本は世界で最も早く高齢化した国だから、
世界で最も早く高齢化社会を抜ける国になる。
なるほどな、と思いました。
確かに、
今の人口構造が永遠に続くわけではありません。
今は高齢者が多い。
でも、その世代もいつかいなくなります。
人口は減る。
経済規模も小さくなるかもしれない。
それでも、
人口構造そのものは、
いつか今とは違う形になる。
そのとき日本は、
人口は少ないけれど、
一人ひとりがそれなりに豊かで、
穏やかに暮らせる国になっている。
そんな未来も、
本来はあり得るはずです。
でも、経済成長は止められないらしい
現実は、
経済成長。
経済成長。
経済成長。
です。
人口が減る。
働く人が減る。
だから、
外から人を入れる。
生産力を維持する。
GDPを維持する。
経済の理屈としては、
たぶん正しいのでしょう。
でも、
経済が成長することと、そこに住む人が幸せになることは、本当に同じなのでしょうか。
僕は、どうしてもそこに引っかかります。
経済力は大事です。
医療も、
教育も、
社会保障も、
お金がなければ維持できません。
でも、
経済成長そのものが目的になった瞬間、
少し違う話になる気がします。
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資本主義について、
よく語られる式があります。
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資本収益率が、
経済成長率を上回る。
資産を持っている人の資産は、
労働によって得る所得よりも
速く増えていくことがある。
つまり、
経済が成長すれば、
みんなが同じように豊かになる。
そんな単純な話ではありません。
むしろ、
持っている人は、
さらに持つようになる。
そういう面もあります。
だから僕は、
「GDPが増えた」
と
「国民が豊かになった」
を同じ意味で使うことに、
少し違和感があります。
少し衰退する、という選択
個人的には、
日本は、
少し衰退することを受け入れてでも、
日本という国の文化や、
社会のあり方や、
国民性のようなものを守りながら、
人口減少の時代を耐え抜く。
そういう世代なのではないかと、
思うことがあります。
人口が減る。
地方の町が小さくなる。
経済規模も少し縮む。
でも、
治安がいい。
子どもが一人で歩ける。
必要な医療を受けられる。
家族で、
それなりに穏やかに暮らせる。
それなら、
GDPが世界第何位かなんて、
そんなに大事なのかなと思います。
たぶん、
世界はそういう考え方を許してくれないのでしょう。
そして、第3号被保険者制度
そんな中で、
第3号被保険者制度の見直しが始まりました。
専業主婦など、
会社員に扶養される配偶者が、
国民年金保険料を直接負担しなくても
基礎年金の対象になる制度です。
もちろん、
不公平だという意見があるのも分かります。
独身者から見れば、
「なぜ自分は払っているのに、
専業主婦は直接払わなくていいのか」
と思うかもしれません。
共働き家庭から見れば、
「うちは二人とも払っている」
となるでしょう。
その感覚も分かります。
でも、
そこでいつも思うのです。
平等とは、いったい何なのでしょうか。
専業主婦には、専業主婦である理由がある
専業主婦の家庭には、
それぞれ事情があります。
小さな子どもがいる。
夫の勤務時間が長い。
転勤が多い。
介護がある。
あるいは、
家族で話し合って、
どちらかが家庭を中心に担うことにした。
それだけかもしれません。
その生き方は、
そんなに悪いものなのでしょうか。
もし第3号制度がなくなり、
年間20万円前後の負担が増えたら。
その家庭はどうするのでしょう。
「年金を払うために働こう」
となるかもしれません。
パートに出る。
でも、
小さな子どもがいれば、
預けるためのお金がかかるかもしれない。
送迎が増える。
家事の時間が減る。
夫婦ともに、
少しずつ余裕がなくなる。
そして、
「もう一人いてもいいかな」
と思っていた家庭が、
「一人でいいか」
になるかもしれない。
もちろん、
第3号制度だけで出生率が変わるなんて、
そんな単純な話ではありません。
でも、
少子化というのは、
こういう小さな「やめておこう」の積み重ねではないでしょうか。
日本人が一人生まれるということ
僕は、
今の日本では、日本人が一人生まれることには、とても大きな価値がある
と思っています。
少し大げさに聞こえるかもしれません。
でも、
その子は将来、
働く。
消費する。
税金を払う。
社会保障を支える。
そして、
また次の世代をつくるかもしれない。
一人の出生が持つ意味は、
数十年という時間軸で見れば、
かなり大きい。
なのに、
子どもを産み育てる世代に対して、
少しずつ、
少しずつ、
負担が増えていく。
社会保険料。
税金。
教育費。
住宅費。
物価。
そして、
家族のあり方そのものに関わる制度まで見直される。
それで、
「なぜ子どもが増えないのでしょう」
と言われても、
少し不思議な気持ちになります。
公平であれば、それでいいのでしょうか
第3号制度には、
たしかに不公平な面があります。
それは認めます。
ただ、
制度というものは、
今この瞬間だけの公平さ
で決めていいのでしょうか。
子どもを育てることは、
その家庭だけのためではありません。
将来、
その子どもたちが社会を支えます。
そう考えるなら、
子育てをしている家庭や、
家庭内の役割を担っている配偶者を
社会保険制度の中で支えることは、
単なる「優遇」なのでしょうか。
僕には、
必ずしもそうは思えません。
何を守る制度なのか
もちろん、
財源には限りがあります。
制度は変わります。
決まったのであれば、
僕たちは従うしかありません。
それも分かっています。
でも、
制度を変える前に、
一度くらい考えてほしいのです。
この国は、
何を守りたいのでしょうか。
財政でしょうか。
制度上の公平性でしょうか。
経済成長でしょうか。
それとも、
この国で次の世代が生まれ、
家族が生活し、
社会が続いていくことなのでしょうか。
もし第3号被保険者制度をなくすことが、
「もう一人」
を考えていた家庭の背中を、
ほんの少しでも後ろに押すのなら。
そのコストまで含めて、
考えてほしいと思います。
人口が国力のすべてだとは思いません。
でも、
国をつくるのは、
最後は人です。
そして、
一度生まれなかった世代は、
あとからお金を積んでも戻ってきません。
第3号制度を絶対に守れ、
と言いたいわけではありません。
ただ、
「不公平だからなくしましょう」
それだけで終わるのなら、
少し雑すぎないでしょうか。
10年後。
20年後。
50年後。
その制度変更の先に、
どんな国が残るのか。
そこまで考えてからでも、
遅くはないと思います。
