他人の評価が気になる。
これは誰もが持つ悩みだと思う。
僕も今でも気になる。 だからそれは、おかしいことじゃない。
ただ、気にすべきことと気にすべきでないことを はっきりさせておくことが大事。
歳をとると、色々なものの有限さに気づく。
時間、体力、健康、気力。
若い頃は無限にあるような気がしていたそれらが 実はどれも限りあるものだとわかってくる。
正確に言うと、頭ではわかっていたことが
身にしみて感じるようになる。
他人の軸で動いて、それを削っていく。
それは相当なストレスだ。
自分の人生が自分のものではないよう気さえする。
だからといって、何も持たずに「自分らしく」は難しい。
何も持たない人が「自分」を主張できるほどに
世の中は甘くない。
収入、信用、地位、資格、実力。
そういった土台があってはじめて 自分の軸で立てる場所ができる。
時間と体力のある若いうちに できる限りそこに力を注げるかどうか。
「若い時の苦労は買ってでもしろ」
それが後の人生を大きく変える。
ただ、忘れてほしくないことがある。
その努力は、人の上に立つためじゃない。
自分を護るため。
大切な人を護るため。 それだけ。
今ある地位や実力が、自分の努力によるものだとしても
それはさまざまな巡り合わせの中で
お天道様が与えてくれた役割だと思っている。
だから驕ってはいけない。 そして手を抜いてもならない。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
気にすべき評価は、絞っていい。
尊敬できる人。 生活を共にする、大切な人。
その人たちからどう思われるか。 それだけを気にすればいい。
赤の他人の評価を気にしても そいつはお前の人生をよくしてくれるわけでも 責任をとってくれるわけでもない。
わがままになれと言っているわけじゃない。
自分らしくあることと、わがままは違う。
適正に自分のポジションを取れる大人になってほしい。
そのための土台を、若いうちに積んでおいてほしい。
今日はそんなことをふと思いました。
Relay , Remember