パートで働く人にとって、昔から話題になる「年収の壁」。
あと少し働いたら税金がかかる。
社会保険料を払うことになる。
だったら、ここで働くのをやめておこう。
そんな「分水嶺」が存在します。
この金額について、
「ずっと昔に決められた金額なのだから、今の物価や賃金に合わせて引き上げるべきだ」
という意見があります。
ごもっともだと思います。
実際、近年は制度改正も進み、所得税の課税最低限などは引き上げられています。
でも僕は、もう一つ考えてほしいことがあります。
この問題、年収の壁だけの話でしょうか。
もっと広いところで、同じことが起きています。
それが、
インフレと税金の関係です。
2026年9月も、食品の値上げが相次ぎます。
主要食品メーカー195社だけでも、9月の値上げ予定は4,923品目。
スーパーに行けば、
「また高くなったな」
と感じる人も多いでしょう。
一方で、消費者物価指数を見ると、直近の上昇率は2%前後です。
「本当に2%?」
そう感じる人もいると思います。
もちろん、消費者物価指数という数字が間違っているわけではありません。
家賃もあれば、サービスもあり、さまざまな商品を合わせた平均だからです。
ただ、私たちが毎日のように買う食品や日用品の価格が大きく上がれば、生活者の体感はもっと強くなります。
そして当然、給与も少しずつ上がっていきます。
ここで一つ考えてみてください。
給料が、
300万円から330万円になった。
一見すると10%も所得が増えています。
でも、その間に生活に必要なものの値段も10%上がっていたらどうでしょう。
生活は豊かになっていません。
実質的には、ほとんど同じです。
ところが税制は、
名目上の金額
であなたを見ます。
収入が増えれば、所得税や住民税の負担が増える。
社会保険料も増える。
場合によっては控除が縮小する。
つまり、
暮らしは豊かになっていないのに、数字上は「所得が増えた人」として扱われる。
これが、インフレの怖いところです。
僕はこれを考えるうえで、
「インフレ税」
という言葉を知っておいた方がいいと思っています。
もちろん、スーパーで10%値上がりしたから国に10%納税している、という意味ではありません。
インフレによってお金の価値が下がり、さらに税や社会保障制度の基準が物価上昇に十分追いつかなければ、
実質的な生活水準が変わらないのに負担率だけが上がっていく
ということが起こり得ます。
年収の壁について、
「昔決めた103万円をいつまで使っているんだ」
と問題になった。
その問題意識は正しいと思います。
でも、本当は103万円だけを見ていてはいけない。
所得税の税率。
基礎控除。
給与所得控除。
社会保険料。
各種所得制限。
補助金や給付金の所得基準。
これらすべてについて、
物価が上昇する世界で、名目金額を固定しておいてよいのか
という問いが出てきます。
仮に毎年2%のインフレが10年間続けば、物価水準は単純な20%ではなく、複利で約22%上昇します。
昔100万円で買えたものに、約122万円必要になる世界です。
それなのに制度上の線引きが100万円のままだったら?
それは実質的には、
壁を毎年少しずつ低くしている
のと同じです。
給料が上がった。
だから豊かになった。
そう単純な話ではありません。
重要なのは、
名目賃金ではなく実質賃金を見ること。
そして、
税や社会保険料を引いた後に、どれだけの購買力が残るのかを見ること。
だと思います。
年収の壁は、そのことに気づくための分かりやすい教材です。
でも、この問題を
「パート主婦の103万円の話」
だけだと思っていると、本質を見誤ります。
これは会社員にも、
自営業者にも、
高所得者にも、
そして資産を現金で持っている人にも関係する話です。
インフレになると、現金の価値が下がる。
名目賃金は上がる。
そして制度の数字が十分に動かなければ、負担は静かに重くなる。
大増税法案が可決されたわけでもない。
税率が突然倍になったわけでもない。
だから気づきにくい。
でも、
「去年と同じ生活をするために、去年より多く稼がなければならない」
社会になったとき、
私たちは税金についても、
「何%取られているか」
だけではなく、
「実質的に何が手元に残っているのか」
まで考えなければならないと思います。
他人事ではありません。
投資をするかどうか以前に、
住宅を買うかどうか以前に、
日本人はもう少し、
お金の価値そのものが動いている
ということを知った方がいい。
インフレとは、
モノの値段が上がることだけではありません。
昨日まで当たり前だった「100万円」「500万円」「1000万円」という数字の意味が、
少しずつ変わっていくことでもあるのです。
