武器がないほど戦える――病院外来が赤字になる理由

病院ではよく、

「外来は赤字だ」

という話を聞きます。

確かに、大きな病院ほど外来診療の採算は厳しくなりやすい。

しかし、この言い方には少し違和感があります。

外来診療そのものが赤字なのではなく、

巨大な病院という高コストな箱の中で、比較的軽い医療を提供しているから赤字になる。

そう考えた方が、実態に近いのではないでしょうか。


外来でやっていることは、実はそれほど複雑ではない

多くの外来診療で行われていることを大きく分ければ、

診察する。

診断する。

薬を処方する。

採血や画像検査をする。

必要なら小さな処置をする。

もちろん専門性の高い診断や高度な意思決定もあります。

しかし、診療行為そのものだけを見れば、入院医療や大きな手術に比べて必要な設備は限られています。

ところが大病院では、その外来診療の背後に、

  • 巨大な建物
  • 手術室
  • ICU
  • 救急部門
  • MRIやCT
  • 検査部門
  • 輸血体制
  • 24時間対応
  • 多数の医療スタッフ

といった大きな固定費があります。

外来患者一人を診察するために、これらすべてを直接使っているわけではありません。

それでも病院全体としては維持しなければならない。

この巨大な固定費を抱えながら、診察や処方といった比較的単価の低い医療を大量に行う。

それなら採算が悪くなるのは、ある意味当然です。


百貨店の固定費でコンビニの商品を売る

少し乱暴なたとえをすれば、

百貨店の建物と人員を維持しながら、コンビニで売っている商品を売る

ようなものです。

商品そのものに問題があるわけではありません。

売り方と固定費のバランスが悪い。

病院外来も同じです。

診察や処方が悪いわけではない。

しかし、その仕事をするために必要な設備と、実際に維持している設備の間に大きな差があります。

大病院には、大病院でなければできない仕事があります。

大きな手術。

重症救急。

集中治療。

特殊な検査。

多診療科による高度な診断。

そこに大きな固定費を投入する意味があります。

一方で、

高血圧の薬を処方する。

安定した慢性疾患をフォローする。

簡単な創処置をする。

こうした仕事まで、すべて大病院で抱える必要があるのか。

そこは一度考えてもいいと思います。


クリニックはなぜ強いのか

一方、クリニックは非常に身軽です。

病床を持たない。

ICUを持たない。

24時間の救急体制を持たない。

大きな手術室を持たない。

必要な設備だけを揃える。

そして診療内容をある程度絞る。

そうすると、

診察だけする。

処方だけする。

検査だけする。

特定の処置だけする。

というモデルが成立します。

これは悪いことではありません。

むしろ経営として非常に合理的です。

余計な固定費を持たず、必要な仕事だけをする。

一般企業で考えれば当然のことです。


医療では「武器」があるほど不利になることがある

普通に考えれば、

設備が多い。

人員が多い。

高度なことができる。

そういう組織の方が強そうです。

しかし医療経営では、必ずしもそうなりません。

MRIを持つ。

手術室を持つ。

ICUを持つ。

救急を持つ。

麻酔科医を抱える。

看護師を多く雇う。

こうした「武器」を増やせば増やすほど、固定費も増えます。

その一方で、診療報酬は自由に値付けできません。

だから高度な設備を抱えていても、その能力を十分に使わなければ、ただ固定費だけが重くなる。

逆に、

大きな設備を持たない。

夜間対応をしない。

入院患者を持たない。

診療内容を限定する。

そういう医療機関の方が、収支は安定しやすい。

本来なら武器を持つほど強いはずなのに、

医療経営では、武器がないほど戦いやすい。

そんな逆説があります。


これはクリニック批判ではない

ここで誤解されたくないのは、

「クリニックばかり儲けていてけしからん」

という話ではありません。

クリニックは、制度の中で合理的に経営しているだけです。

必要のない設備を持たない。

自分たちの得意な領域に絞る。

患者数と人件費のバランスを取る。

これは経営として当然です。

むしろ問題は、

高度急性期病院とクリニックが、似たような外来業務を大量に抱えていること

なのではないでしょうか。

役割が違うのだから、仕事も違っていい。

大病院は大病院でなければできない仕事に集中する。

クリニックは日常診療を支える。

その方が医療資源の使い方として自然です。


大病院が外来患者を増やしても解決しない

外来の採算が悪い。

だから患者をもっと増やそう。

一見、正しいように聞こえます。

しかし、これは必ずしも解決になりません。

患者を増やせば、

受付が必要になる。

看護師が必要になる。

診察室が必要になる。

待合室も混雑する。

医師の時間も取られる。

検査も増える。

それでも一人あたりの診療報酬が大きく増えるわけではありません。

つまり、

薄利の仕事を大量に増やしているだけ

ということになりかねません。

しかも大病院の医師が外来に時間を取られれば、

手術。

救急。

研究。

教育。

カンファレンス。

といった、本来その病院でしかできない仕事の時間が減ります。

これでは本末転倒です。


病院は「患者をたくさん診る場所」ではなくていい

大病院というと、

患者がたくさんいる病院。

外来が混雑している病院。

というイメージがあります。

しかし、本当にそれでいいのでしょうか。

私はむしろ、

患者数は多くなくても、難しい患者をきちんと診られる病院

の方が大病院らしいと思います。

紹介された患者を診断する。

高度な検査をする。

手術する。

重症患者を受ける。

治療が安定したら地域へ戻す。

こういう流れができれば、

大病院は高コストな設備を、高度な医療のために使えます。

そして日常的な診療は地域のクリニックが支える。

役割分担として、その方が自然です。


逆紹介は病院経営のためだけではない

大病院では、しばしば逆紹介が進められます。

状態が安定した患者を地域のクリニックへ戻す。

患者側からすると、

「大きい病院でずっと診てもらった方が安心なのに」

と思うこともあるでしょう。

しかしこれは単なる病院都合ではありません。

限られた専門医の時間を、

診断が難しい患者。

手術が必要な患者。

重症患者。

に使うためでもあります。

すべての安定した患者を大病院が抱え続ければ、本当に大病院を必要とする人が診てもらえなくなります。

医療資源には限りがあります。

だから、

誰をどこで診るか

という整理は必要です。


病院の強みは、外来患者数ではない

病院経営が苦しくなると、

患者数。

病床稼働率。

外来件数。

そういった数字が目立つようになります。

もちろん数字は重要です。

ただ、本当に見るべきなのは、

その病院でなければ提供できない医療を、どれだけ提供できているか

ではないでしょうか。

高度な手術ができる。

救急を断らない。

難しい診断ができる。

多職種がすぐ集まる。

夜間でも対応できる。

その能力こそが、病院という巨大な箱を維持する意味です。

その能力を使わず、

診察と処方だけを大量に行っているのであれば、

高コストな設備がむしろ経営の足かせになります。


軽い医療は軽い装備で、重い医療は重い装備で

医療も、本来はもっと単純に考えていいのかもしれません。

軽い医療は軽い装備で。

重い医療は重い装備で。

風邪の診察をするためにICUはいりません。

高血圧の薬を処方するために手術室はいりません。

一方で、

大手術。

重症外傷。

集中治療。

には大きな設備と人員が必要です。

ところが今は、その二つが同じ病院の中で混ざっています。

だから、

「こんなに外来患者を診ているのに赤字だ」

という不思議な状況が起こる。

問題は医師が頑張っていないことではありません。

診療報酬が極端に安いことだけでもない。

仕事の重さと、病院という箱の重さが合っていない。

そこに問題があるのだと思います。


武器は、使う場所に集めた方がいい

前回の記事では、医療資源の集約化について書きました。

この話も結局そこにつながります。

MRI。

手術室。

ICU。

救急体制。

専門医。

これらは高価な武器です。

だからこそ、

すべての病院が少しずつ持つのではなく、

本当に使う場所に集めた方がいい。

武器を持つ病院は、その武器を使う仕事に集中する。

武器を必要としない診療は、軽装備の医療機関が担う。

その方が社会全体として効率的です。

病院もクリニックも同じことをして競争するのではなく、

それぞれが違う役割を持つ。

その方が医療者にとっても、患者にとっても分かりやすいはずです。


「外来が赤字」という言葉の裏にあるもの

病院外来が赤字だと言われると、

診療報酬をもっと上げるべきだ。

患者をもっと増やすべきだ。

という話になりがちです。

しかし、その前に考えるべきことがあります。

そもそも、その仕事をその場所でやる必要があるのか。

大病院でなければできない外来なのか。

クリニックでも十分できる診療ではないのか。

高コストな箱で低コストな仕事をしていないか。

そこを整理しなければ、患者数だけを増やしても構造は変わりません。

本来、武器が多い者ほど強い。

しかし医療では、

武器を持っているほど固定費が増え、武器を持たない者ほど戦いやすい。

そんな矛盾があります。

だから必要なのは、すべての医療機関に同じ武器を持たせることではありません。

武器が必要な仕事と、武器を必要としない仕事を分けること。

そして高価な武器は、本当にそれを使う病院へ集めること。

病院外来の赤字という問題は、

単なる診療報酬の問題ではなく、

日本の医療が、どの仕事をどこで行うのかという配置の問題

なのだと思います。

onorenoo

おのれ

@onorenoo

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