勤務医をしていると、しばしば限界を感じることがあります。
自分に対して、ではなくて病院を取り巻く医療の構造に、です。
病院では時々、
「患者さんが少ない」
「病床稼働率が低い」
「もっと入院患者を増やさなければならない」
という話が出ます。
もちろん病院を経営している以上、病床稼働率は重要です。
患者さんが入院しなければ収入はありませんし、建物、人件費、医療機器などの固定費は患者さんが少なくても発生します。
だから経営側が病床稼働率を気にするのは当然です。
それと病床稼働率などの諸々は「加算」などの特別な収入にも影響します。
ただ、最近少し違うことを考えるようになりました。
そもそも病院が多すぎるのではないか。
特に東京をはじめとした都市部では、この問題を一度考えてみてもいいのではないでしょうか。
病院が多ければ、医療は充実するのか
現状は、病院が多いメリットよりもリソースが分散しているデメリットの方が大きい
そんなふうに思います。
一見すると、病院は多い方が便利です。
近所に病院があれば安心ですし、いざという時にもすぐ受診できます。
しかし高度な医療について考えると、必ずしも「病院が多い=良い医療」とは限りません。
なぜなら、病院が増えれば患者だけではなく、
- 医師
- 看護師
- 麻酔科医
- 放射線技師
- 臨床検査技師
- 手術室スタッフ
- 救急スタッフ
といった医療資源も分散するからです。
そして医療には、ある程度の人数が集まらなければ成立しない仕事があります。
大きな手術がその典型です。
術者が一人いれば手術ができるわけではありません。
麻酔科医が必要です。
手術室看護師が必要です。
術後に状態が悪くなればICUが必要になるかもしれません。
大量出血に備えるなら輸血体制も必要です。
夜間の急変に対応するなら当直体制も必要です。
つまり高度医療とは、
一人の優秀な医師ではなく、一定規模のチームによって成立する医療
なのです。
医療資源を薄く広く配置することの限界
例えば、ある地域に10の病院があったとします。
それぞれが、
「うちは急性期病院です」
「救急もやります」
「手術もやります」
と言ったとしても、医師や看護師が十分にいなければ実際にはできることが限られます。
麻酔科医がいないから大きな手術ができない。
夜間は人手が足りないから救急車を受けられない。
看護師が足りないから病床を開けられない。
当直医が一人しかいないから重症患者を受けられない。
病院という「箱」はあっても、そこで提供できる医療のキャパシティーは小さい。
そういう病院がいくつも並んでいる状態が、本当に効率的なのでしょうか。
むしろ、
医療資源を分散させすぎた結果、一つ一つの病院が十分な仕事をできなくなっている
という見方もできると思います。
症例が分散することも問題になる
分散するのは医療者だけではありません。
患者さん、つまり「症例」も分散します。
これは医療の質を考える上でも重要です。
ある疾患を年間数例しか診ない病院と、年間何十例、何百例も診る病院では、当然ながら蓄積される経験が違います。
これは単純に手術件数だけの問題ではありません。
「この患者は少し危ない」
「この画像ならこういう合併症が起きやすい」
「この状態なら早めに別の治療へ切り替えた方がいい」
という経験値は、症例が集まることで蓄積されていきます。
医療には、教科書だけでは身につかない部分があります。
だから一定の症例を一定の施設へ集めることには、それなりの合理性があります。
「病床を埋めること」が目的になってしまう
そして病院経営が苦しくなると、少し奇妙なことが起こります。
本来、
患者さんに必要な医療を提供するために病院が存在している
はずです。
ところが固定費の大きな病院では、病床が空いていると経営が成り立ちません。
するといつの間にか、
病床を埋めるために患者さんを探す
という方向へ話が逆転します。
救急患者は十分に受けられない。
大きな手術もそれほどできない。
高度な急性期医療を提供できるわけでもない。
それでも病床は埋めなければならない。
すると高齢者の入院患者をどう確保するか、という競争になっていく。
かなり乱暴な言い方をすれば、
救急を十分に受け入れられない病院同士が、寝たきりの高齢患者を奪い合っている。
そんな寂しい構図に見えてしまうことがあります。
もちろん、高齢者医療や慢性期医療が不要だという意味ではありません。
むしろこれからの日本ではますます重要になります。
問題は、
急性期病院としての設備や固定費を抱えながら、実際には急性期医療とは異なる患者を集めることで病床稼働率を維持しなければならない構造
です。
それなら最初から役割を分けた方がいい。
そう思うのです。
中小病院が悪いのではない
ここは誤解されたくないところです。
私は、
「中小病院はすべてなくすべきだ」
と思っているわけではありません。
地方では事情がまったく違います。
病院が一つなくなれば、その地域から医療そのものがなくなってしまう地域もあります。
また、
回復期医療。
慢性期医療。
リハビリテーション。
在宅医療の後方支援。
地域包括ケア。
こうした役割を担う中小規模の医療機関は当然必要です。
私が疑問に感じるのは、特に病院が密集している都市部で、
似たような規模の病院が、それぞれ少ない人員で、同じような急性期機能を維持しようとしている状態
です。
全員が同じことをする必要はないのではないでしょうか。
病院をセンター化する
個人的には、都市部の高度急性期医療や救急医療については、もっとセンター化してもいいと思っています。
人を集める。
症例を集める。
設備を集める。
救急を集める。
手術を集める。
そうすることで初めて、24時間きちんと戦える医療チームを作ることができます。
例えば10の病院に医師を少しずつ配置して、それぞれが十分に救急を受けられないのであれば、
数施設に人を集め、
「ここへ行けば夜中でも何とかしてくれる」
という病院を作る方が社会全体としては合理的かもしれません。
もちろん集約化すればアクセスが多少悪くなる地域も出てきます。
一施設が機能停止した時のリスクも大きくなります。
だから単純に「病院を減らせばいい」という話でもありません。
それでも、人手不足が続く日本で、すべての病院にすべての機能を持たせ続けることにも限界があります。
厚労省も「集約化」へ向かっている
実際、厚生労働省が進めている2040年を見据えた新たな地域医療構想でも、方向性はかなり明確です。
病床機能の分化・連携だけではなく、医療機関の連携・再編・集約化を進めることが明記されています。
また、地域ごとに急性期拠点機能、高齢者救急・地域急性期機能、在宅医療等連携機能、専門等機能などを整理し、医療機関同士の役割分担を進める方向が示されています。
さらに厚労省の地域医療構想策定ガイドラインでは、医療需要の変化を踏まえた病床数の適正化や、医療機関の連携・再編・集約化を支援する考え方も示されています。
もちろん厚労省が、
「中小病院を自然淘汰させます」
と言っているわけではありません。
しかし政策全体を眺めれば、
すべての病院を今の形のまま維持するのではなく、役割分担を進め、必要なところには医療資源を集約していく
方向へ動いていることは間違いありません。
私はこの方向性自体には賛成です。
志の高い医師ほど、集めた方がいい
そして私が集約化を支持する一番の理由は、経営効率だけではありません。
医療者を守るためでもあります。
医療には、ものすごく頑張る人がいます。
救急車を断らない。
難しい患者も引き受ける。
夜中でも呼ばれれば来る。
手術をする。
後輩を育てる。
困っている他科の患者まで診る。
そういう志の高い医師ほど、医療現場では頼られます。
そして頼られる人ほど仕事が集まります。
ところが人員が分散していると、その人を支える人がいない。
一人の能力と善意に仕事が集中してしまいます。
結果として疲弊します。
だったら、そういう医師を一つの場所に集めればいい。
外科医を集める。
麻酔科医を集める。
救急医を集める。
看護師を集める。
放射線科医を集める。
チームを作る。
そうすれば一人の医師の献身に依存するのではなく、組織として高度な医療を提供できます。
志の高い医師を支えるためにも、医療資源の集約化は必要なのではないか。
私はそう思っています。
病院を守ることと、医療を守ることは違う
病院が経営難になると、
「この病院をどうやって存続させるか」
という議論になりがちです。
もちろんそこで働いている人もいますし、地域との歴史もあります。
簡単になくしていいものではありません。
しかし、もう少し大きな視点から考える必要もあります。
守るべきなのは、病院という箱なのでしょうか。
それとも、
患者さんが必要な時に必要な医療を受けられる体制なのでしょうか。
私は後者だと思っています。
人口が増え、医療需要が増え続けていた時代に作られた病院配置を、人手不足と人口構造の変化が進む時代にもそのまま維持する。
そのこと自体に無理があるのかもしれません。
必要なのは、すべての病院を救済することではない。
医療機関それぞれが役割を持ち、
軽い医療は地域で支え、
高度な医療や救急はセンターへ集める。
人も、設備も、症例も集める。
そして、本当に高度な医療をやりたい人が、十分な仲間と設備の中で思い切り仕事をできるようにする。
その方が患者さんにとっても、医療者にとっても、結果として幸せなのではないでしょうか。
病院が多いことより、「戦える病院」があること
病床稼働率が低い。
患者が少ない。
経営が苦しい。
それを個々の病院の営業努力だけで解決しようとすることには、私は限界があると思っています。
需要に対して病院が多ければ、患者は分散します。
病院が多ければ、人材も分散します。
人材が分散すれば、一つ一つの病院の能力も低くなる。
そして能力が低くなれば、大きな仕事や緊急の仕事を引き受けられなくなる。
それでも病床を埋めなければならない。
そんな循環から、そろそろ抜け出す必要があるのではないでしょうか。
これから必要なのは、
「病院の数を守ること」ではなく、「戦える病院を作ること」。
そして同時に、センター病院ではない医療機関には、回復期、慢性期、在宅、地域医療など別の明確な役割を持ってもらう。
病院の集約化とは、病院を切り捨てる話ではありません。
限られた医療資源を、どこに置けば最も社会の役に立つのか。
そのことを考え直す話なのだと思います。
