外科系の仕事をしていると、体表のできもの、腫瘍を切除する機会が多い。
誰もが気になるのは、再発するか? だと思うのですが、
医療の現場にはもちろん100%なんて存在しない。
患者さんに「またできる可能性はありますか?」と質問されると、
「可能性の話をするとそれはあります」としか答えようがない。
だって、可能性なのですから。
もちろん、患者さんに伝えるべきはそういう話ではなくて、
どれくらいの可能性があるのか、というニュアンスだと思うので、
「限りなくゼロに近いです」とか、
「ひょっとすると再発するかもしれない」
「再発はありうると思います」など、
その人にできるだけニュアンスが伝わるように言い回しを変えるようにしています。
言葉を丁寧に扱う人は素敵ですし、言葉には人を変える力があります。
物理的なできものの摘出だけではなく、
不安を取り除くこと——それも重要な僕の使命の一つなんだなと思う場面です。
「可能性はありますか?」
その質問を、科学で返すか、文学で返すか。
返し方って大事ですね。
「可能性」という話で、いつも脳裏をよぎることがある。
100%わかっていることは、人は必ず死を迎えるということ。
「人は死なない可能性はありますか」と聞かれれば、
「その可能性はありません」と、自信を持って答えられる。
ただ——これも、死の定義によっては、と思ってしまう。
田坂広志さんの『死は存在しない』という本がある。
最先端の量子科学をもとに、肉体的な死を超えた意識や魂の存続を論じた一冊だ。
科学者がこのテーマに真剣に向き合っているという事実だけで、
なんだか世界が少し広く感じられる。
人は必ず死ぬ。
それは間違いない。
でも、それが「終わり」かどうかは、まだ誰にもわからない。
世界は、僕らの想像以上に奥深く、不思議です。
Oyaji Diary