母と父。
母性と父性。
子どもにとって、そのどちらの愛情も必要なのだと思う。
男と女は、やはり違う生き物だ。
だからこそ、与えられる愛の形も少し違う。
母性は、愛情を注ぐ。
それは、まるで水のようだ。
足りないものを満たし、傷ついた心を潤し、安心できる場所をつくる。
一方で父性は、愛を焚べる。
それは、まるで炎のようだ。
子どもの心に灯った火を絶やさないように、少しずつ薪をくべる。
挑戦する勇気。
失敗しても立ち上がる力。
「お前なら大丈夫だ」と背中を押す言葉。
そんな関わりが、子どもの中にある火を育てていく。
水だけでは火は消えてしまう。
火だけでは乾いてしまう。
潤しながら、燃やし続ける。
この二つの愛が調和するとき、子どもは安心して前を向いて歩いていけるのではないだろうか。
もちろん、現実はそんなに単純ではない。
母親が父性を担うこともあるし、父親が母性を担うこともある。
だから大切なのは、「母親らしさ」「父親らしさ」ではなく、家庭の中に水と火の両方があることなのかもしれない。
だから子育ては、永遠に議論される。
答えは一つではない。
家庭の数だけ愛の形があり、子どもの数だけ育ち方がある。
だからこそ難しく、だからこそ面白い。
子育てとは、愛を注ぎ、愛を焚べ続ける営みなのだと思う。
Oyaji Diary
