長男が朝顔を育てています。
学校からの課題なのか、そうでないのか。
でも、小学校一年生って、みんな朝顔とか育てるものではないでしょうか。
自分もやったような気がします。
ミニトマトだったかな。
「今日は水やったっけな?」
「まだ二つ目が出ていない」
そんなことを言いながら、長男が大事そうに朝顔を育てているのを見ていると、自分の小さい頃のことを思い出します。
素敵なことだなと思います。
時代は変わっても、本質的なことはあまり変わらない。
あの頃、植物の成長を身近に感じることが、どれほど大事な体験だったのかなんて、考えたこともありませんでした。
でも今になって思うと、あれはただの宿題ではなかったのかもしれません。
芽が出る。
葉が増える。
つぼみがつく。
花が咲く。
自分の思い通りにはならないけれど、毎日少しずつ変わっていくものを見守る。
それは、なかなか大切な経験だったのだと思います。
よく通っていた居酒屋の大将には、双子の息子さんがいました。
その大将が、よくこんなことを言っていました。
「男の子は、自分の人生をもう一回やり直しているような気になる」
当時は、なんとなく聞いていただけでした。
でも今は、その気持ちがよくわかります。
子どもを見ていると、自分の人生をもう一度見ているような感覚になることがあります。
朝顔を育てる姿。
虫を見つけて喜ぶ姿。
どうでもよさそうなことに、真剣になる姿。
それを見ていると、自分も昔、そういうものを見ていたはずなのに、大人になる過程でずいぶん多くのものを置き忘れてきたのだなと思います。
さて。
僕がバイトしているクリニックに、
「結婚はコスパが悪い」
と言って、独身でいる男性医師がいます。
直接そのことについて深く話したことはありません。
でも、確かにその切り取り方をすれば、それは事実だと思います。
経済的なこと。
時間的な自由。
自分のために使えるエネルギー。
そういうものを考えれば、一人でいることは非常にパフォーマンスが良い。
医師という仕事柄、いくつかの家庭の姿を横目で見ながら、色々と実感しているのかもしれません。
結婚すれば、自由は減ります。
子どもがいれば、さらに自由は減ります。
お金も、時間も、自分一人のものではなくなる。
そう考えれば、結婚のコスパが悪いという意見は、別に間違ってはいないと思います。
でも、僕は少なくとも、結婚して、子どもがいる今の生活に不満を覚えたことはありません。
もちろん、不自由はあります。
でも、不自由と不満は違います。
自由ではない。
でも、満たされている。
そういうことは、たぶんあるのだと思います。
もちろん、世の中には様々な理由で、家庭や子どもを持てない人もたくさんいます。
だから、今の自分が恵まれていることもよくわかっています。
そのうえで思うのは、家族というものは、ただ生活をともにする単位ではないのだということです。
子どもを育てているつもりで、こちらも育てられている。
子どもに教えているつもりで、こちらも思い出させてもらっている。
朝顔を見ながら、そんなことを考えました。
これからの子どもたちが生きていくために、何を残せるのか。
制度上のことは、ある程度仕方がない部分もあります。
学校も、社会も、時代も、簡単には変えられない。
でも、生きる力や知恵のようなものは、家族の中で少しずつアップデートしていくべきなのだと思います。
お金のこと。
働くこと。
人と比べないこと。
自分の頭で考えること。
思い通りにならないものと、どう付き合うかということ。
そういうことを、日々の暮らしの中で伝えていく。
だから僕は、こうやってブログを書いているのかもしれません。
朝顔を育てる長男を見ながら、
そんなことを思った今日この頃です。
Oyaji Diary
