直美という選択について 一人の外科医から見た、医療と時代と物差しの話

医療

「直美(チョクビ)」という言葉があります。
初期研修を終えたあと、保険診療の現場をほとんど経験しないまま、直接美容医療の世界に飛び込む医師のことを指します。

ここ数年、明らかに直美は増えています。
その現象を目にするたびに、僕はなんとも言えない感情を抱きます。

  • マクロに見れば、かなり深刻な問題を孕んでいる
  • 一方で、個人の選択としては「好きにしたらいい」とも思う
  • それでも、どこかで彼らの勢いと決断を羨ましく感じる自分もいる

そんな揺れを抱えながら、直美という現象について、あらためて考えてみたいと思います。


1.直美とは何か

あらためて整理すると、直美とは──

初期研修修了後、保険診療の現場での修練や専門研修をほぼ経ずに、直接美容医療(美容外科・美容皮膚科など)の世界に進む医師

のことです。

本来であれば、2年間の研修修了後に専門性を高めるために「後期研修」を行い、「専門医」を目指す人が多いです。

  • 救急
  • 一般内科・一般外科
  • 合併症への対応
  • チーム医療
  • 専門医取得に向けた症例経験

どの診療科を志すにしろ、このような“土台”を数年かけて積む時期を、ほぼスキップしてしまう。
ここに、直美の一番の特徴があります。


2.マクロで見たときの直美の問題点

医療システム全体から直美を眺めると、やはり問題は少なくありません。

① 社会的な人材喪失

本来、地域医療や救急、慢性疾患医療を支えるはずだった若手医師が、
保険診療の現場から抜け落ちていきます。

特に、

  • 救急
  • 産婦人科
  • 小児科
  • 外科系

など、もともと人手不足が深刻な領域ほど、その影響は大きくなります。

② 不可逆的なキャリア形成

直美を選んだ時点で、多くの場合「後戻り」が非常に難しくなります。

  • 専門医取得に必要な症例・年数が足りない
  • 保険診療側のポストが限られ、年齢も重なる
  • 一度離れた分野に、精神的にも物理的にも戻りづらい

結果として、キャリアの選択肢が著しく狭まる
「合わなかったら戻ればいい」と軽く言えるような構造ではありません。
直美を選んだという「マインド」を持ったという「レッテル」が信用を大きく損ねています。

③ 人的被害・健康被害・死亡例のリスク

美容医療は、「命に関わらないオシャレな医療」のように誤解されがちですが、実際には違います。

  • 麻酔
  • 出血
  • 血栓・塞栓
  • 感染
  • 高出力のレーザーや薬剤

扱うリスクは決して小さくありません。

十分な全身管理能力や合併症対応の経験がないまま高リスクな処置に携わることで、

  • 重い後遺症
  • 取り返しのつかない変形
  • 最悪の場合、死亡例

といった、人的・健康被害を招くリスクは確実に高まります。

④ 倫理観を欠く医療の拡大

美容医療の一部には、

  • 売上やノルマが前面に出る
  • 誇大広告や過剰なビフォーアフター
  • 「本当に必要か?」が置き去りにされた施術提案

といった、倫理的にグレー、あるいは完全にアウトな領域も存在します。

そこに十分な医療倫理・プロフェッショナリズムを形成する前の若手医師が大量に参入すると、

「患者のため」という言葉が、ビジネスの方便として消費される

構造を、さらに押し広げてしまう危険があります。
故に、非常に嘘くさく聞こえる医療者も多いと思います。

⑤ 医療全体への信頼の揺らぎ

悪質な一部の例であっても、

  • 不自然な広告
  • 過剰な煽り文句
  • トラブルの隠蔽

などが目につくようになると、
「医者って結局お金儲けなんでしょ?」という雑な不信感が、医療全体に波及していきます。

真面目にやっている医師も、そのイメージの中でひとまとめにされてしまう。
これは、現場の医療者にとっては非常にしんどいことです。

美容医療自体は「悪」ではありません。十分なトレーニングを受けた医師が適切な「質」の医療と適切な適応と倫理観のもと患者に届くのであれば全く問題のない分野だと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました