保険診療は本当に「正義」なのか

直美の問題を考えていると、必ず出てくる問いがあります。

「じゃあ保険診療はどうなんだ?」

美容医療に対して、「不要な治療で金儲けしている」と批判する声は少なくありません。
しかし、本当にそれだけで片付けていいのか──という違和感も、同時にあります。


小児の治療と、消化器内科医のひと言

数年前、まだ幼稚園児くらいの小さな子どもの治療をしたときのことです。
その子のお父さんは、消化器内科の先生でした。

治療がひと段落したあと、その先生がぽつりと言いました。

「先生はいいですね。
小さい子の治療ができて。
僕なんて、おじいちゃんおばあちゃんの胃カメラばっかりですよ。」

自分の仕事を否定しているわけでは決してなかったと思います。
むしろ、こちらの仕事に価値を感じ、感謝してくれた上での言葉でした。

このとき、あらためてこう思いました。

仕事の価値のひとつの物差しは、
どれだけ多くの人から「感謝」されるかなのかもしれない。

お年寄りの胃カメラだって、もちろん価値があります。
それはその先生が一番よくわかっているはずです。

それでも、小さな子どもの治療という、
普段自分にはない種類の医療に触れたことで、
「医療の価値」を別の角度から感じ直した瞬間だったのではないかと思うのです。


「不要な美容医療」と「本当に必要な保険診療」?

美容医療については、

  • 「お金のために不要な治療をしている」
  • 「不安を煽って施術に誘導している」

といった批判が付きまといます。

たしかに、客観的に見ればそうとしか思えないようなケースもあります。
ですが、それは他者から見た評価でしかありません。

患者本人が、

  • 自分の意思で選び
  • 説明を理解したうえで
  • 結果に満足している

のであれば、それはそれでひとつの立派なサービスとも言えます。
少なくとも「絶対悪」と断じて済むほど、単純な世界ではありません。

一方で、では保険診療は「不要な治療」をしていないのか?
と聞かれると、これもまた首をかしげざるを得ません。


保険診療の中にも広がる「病気づくり」

美容医療業界よりも、保険医療業界の方がはるかに規模は大きい。
そこでは、はるかに大きなマネーが動いています。

  • 製薬企業
  • 仲介業者
  • 医療機器、手術機械、レーザーのメーカー

多くのプレイヤーが「医療」という名のもとに利益を取り合っている構図があります。

その中で、

  • 高血圧の基準
  • 精神疾患のカテゴライズ

といった**「線引き」そのものが、治療市場を広げる道具**になっている側面も否定できません。

基準を少し変えるだけで、

「昨日まで健康だった人が、今日から病人になる」

ことがあり得ます。

権威性のある医師が
「これは病気だ」「重大な病気になる前兆だ」と言えば、
社会はそれを徐々に受け入れ、やがて保険適用となり、
そこに大量の資金が流れ込む──。

新しい注射や薬も、

  • 「打てば重症化を防げる」
  • 「飲めば将来のリスクを下げられる」

と説明されることが多いですが、
その影には「不安」を梃子にした構造も見え隠れします。

不安を煽られれば、
少しでも将来を保証しようとする行動を取るのが人間です。
その心理を、産業として利用している側面はどうしても存在します。


ネットフリックスと高血圧治療

少し極端な例えかもしれませんが──

ネットフリックスはサブスクで安定的な収益を得ています。
しかし、サービスの質が落ちれば、
ごく当たり前に消費者は離れていきます。
非常にシビアで、ある意味とても健全な世界です。

一方で、医療はどうでしょうか。

  • 一度「高血圧」と診断されれば、治療は基本的にずっと続きます。
  • 年齢とともに増える「異常値」は、どんどん「病気」とみなされていきます。
  • 老いですら「病」として扱われることすらある。

患者側から**「もう必要ないのでやめます」と言い出しにくい**構造の中で、
薬は増えていく一方になりがちです。

そう考えると、
「サービスが悪ければ解約されるネットフリックス」の方が、
よほど健全に見えてしまう瞬間すらあります。


保険診療の闇と、美容医療の“健全さ”

保険診療の規模は巨大です。
関わる人間が増えれば増えるほど、構造は多層化し、
その奥の奥では、

「見えないところで悪巧みをしている連中」

が潜んでいるのが世の常でもあります。

もちろん、保険診療のすべてがそうだと言うつもりはありません。
ただ、少なくとも

「保険診療=正義、美容医療=悪」

という単純な図式では、とても語れない。

むしろ、構造がわかりやすく、自己責任の要素が強いという意味では
美容医療の方が保険診療よりもずっと健全なのではないか──
そんな皮肉な感覚すら覚えることがあります。


どちらが価値があるのか?

極端な例を2つ並べてみます。

  • 食欲がなくなった90歳の老人に胃ろうを増設する
  • 20歳の女性を、よりきれいな二重にする

どちらが価値があるのか?

医師であれば、一度は頭をよぎったことがある問いだと思います。

もちろん、
この2つを「保険 vs 美容」の代表例として一般化するのは乱暴です。
でも、当たらずとも遠からずな側面も、正直あると感じています。


直美の医師たちは「よく見えてしまっている」世代

最後にもう一度、直美に戻ります。

直美の先生たちは、
僕たちが医学生だった頃よりも、
遥かに多くの情報に日常的に触れています。

  • 保険診療の現場のしんどさ
  • 美容医療のキラキラした側面
  • 医療業界の構造
  • コスパ・タイパを重視する時代の空気

そういったものを、SNSやネットを通じて、
かなり生々しい形で見てしまっている世代です。

直美という選択に賛成か反対かは別として、
何も考えずにそちらへ流されているだけ、とは思いません。

何かしらの考えがあって、
何かしらの物差しを手にして、
その道を選んでいる。

だからこそ、
こちらもまた「保険診療=正義」という思考停止に陥るのではなく、

  • 保険診療の価値と闇
  • 美容医療の問題点と健全さ
  • そのどちらにも関わりうる医師としての自分

これらをセットで見つめ直す必要があるのだろうと思います。

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