【退去費用トラブル】「善管注意義務違反」と言われて感じた違和感。退去費用トラブルで見えた、曖昧な言葉の怖さ

エッセイ

前回の記事では、退去費用20万円弱の請求に対して、最終的に壁紙交換費用を外してもらい、全体の4割ほどを減額できた経緯を、実務的な視点でまとめました。

今回はその続きとして、
私がこの件で一番強く感じたことを書いておこうと思います。

それは、退去費用の金額そのもの以上に、
「善管注意義務違反」という曖昧な言葉の怖さでした。

金額の話に見えて、実はもっと厄介なのは、
もっともらしい言葉でこちらに非があるような空気を作られ、気づけば本来の論点からずれていくことなのかもしれません。

違和感の出発点は、「善管注意義務違反です」という一言だった

管理会社に対して、国土交通省のガイドラインを踏まえながら、壁紙の軽微な汚れまで借主負担になるのかを確認したところ、返ってきた答えのひとつが

「壁の汚れは善管注意義務違反にあたる」

というものでした。

この言葉自体は、いかにも法的で、もっともらしく聞こえます。
借りている以上は、丁寧に使う義務がある。
たしかにその通りです。

でも、そこで私が感じたのは、
では具体的に、何をもって善管注意義務違反というのか
という疑問でした。

壁紙に軽微な汚れがある。
それは事実です。
しかし、普通に暮らしていれば避けられない程度の使用感や汚れまで、当然のように義務違反と言われるのであれば、その言葉は便利すぎます。

つまりこの言葉は、明快に見えて、実はかなり曖昧です。

そして曖昧な言葉ほど、相手にとって都合よく使われやすい。
私はそこに、とても強い違和感を覚えました。

減価償却の話が出た時点で、本質からずれていると感じた

もうひとつ、私が引っかかったのは、管理会社の返信にあった

「減価償却の割合は35%から30%に割引できる」

という話でした。

表面的には譲歩です。
実際、「少し安くします」と言われると、人はつい飲みたくなります。

でも、私が感じたのは安堵ではありませんでした。

むしろ、
減価償却の話を出している時点で、この話には何か嘘やごまかしがあるのではないか
という直感でした。

なぜなら、本来問うべきは
「何%安くなるか」ではなく、
そもそもその壁紙汚れが借主負担なのかどうか
だからです。

そこが曖昧なまま、先に減価償却率の話になる。
これは、請求の根拠を説明するより先に、落としどころの交渉に持ち込んでいるということでもあります。

つまり、論点がすり替わっている。

こちらとしては、
「その請求は本当に妥当なのか」
を知りたい。
でも相手は、
「少し下げるから、ここで飲んでくれないか」
という形に持ち込んでくる。

この構図を見た時、私は
金額の話にされているけれど、実際には論点の話だ
と感じました。

運がよかったのは、弁護士に相談できたことだった

この時、自分にとって運がよかったのは、同僚の親戚に弁護士の方がおり、この件を相談できたことでした。

私はその弁護士さんに事情を説明し、壁紙の写真も見てもらいました。
そのうえで返ってきた見解は、とてもシンプルでした。

  • 弁護士の視点でも、これは善管注意義務違反とは言いがたい
  • そもそも「善管注意義務違反」という言葉自体がかなり曖昧である

この2点は、自分の中でかなり大きかったです。

私がもやもや感じていた違和感は、やはりそこだったのかと思いました。

結局のところ、
「これは通常損耗だ」
「いや、これは善管注意義務違反だ」
と争い始めると、どこか水掛け論になります。

正直に言えば、その争いは夫婦喧嘩のようなものにも見えました。
まさに、犬も食わない問題です。

もちろん、だから争う意味がないということではありません。
ただ、こういう曖昧な言葉をめぐる争いは、理屈以上に人を消耗させるのだと思いました。

この件で一番つらかったのは、金額よりも気持ちの問題だった

ここで、自分の中にあったひとつの揺るがない感情についても書いておきたいと思います。

それは、借りていた家を丁寧に使ってきた妻の気持ちです。

妻は毎日のようにトイレ掃除やお風呂掃除をして、家をきれいに保ってくれていました。
賃貸だからといって、雑に扱うことはありませんでした。
借り物だからこそ、むしろ丁寧に使おうとしていたと思います。

だからこそ、壁紙の汚れを
「善管注意義務違反」
と言われた時、私が感じたのは単なる費用への不満ではありませんでした。

それは、
ものを大事に扱ってきた妻の気持ちまで踏みにじられたような悔しさ
でした。

こうなると、話は単純なお金や時間の問題ではなくなってきます。

いくら払うか。
どこで手を打つか。
どこまで争うか。

もちろんそれは大事です。
でも人は、いつも損得だけで動けるわけではありません。

納得できない。
その気持ちの奥には、金額以上に、こちらが大切にしてきたものを軽く扱われた感覚がありました。

でも、そういう時ほど冷静であるべきだとも思っていました。
感情は大事です。
ただ、感情のまま動くと、本来の論点まで見えなくなる。

だから私は、悔しさを自覚しながらも、できるだけ冷静に向き合うことにしました。

交渉で怖いのは、強い言葉だけではない

その後、弁護士の見解を踏まえて改めて管理会社に問い直したところ、返ってきたのは

「確認します」

という言葉でした。

ここまではいいとして、その後、1か月以上返事がありませんでした。

本当に社内確認に時間がかかったのかもしれません。
それは分かりません。

でも当時の私には、
こちらの感情が少し冷めるまで、あえて時間を置いているのではないか
という気がしてなりませんでした。

本当にそうだったかどうかは分かりません。
ただ、交渉の場では、こういう沈黙もひとつの圧になります。

相手が何も言わない。
こちらだけが待つ。
怒りも不信感も、時間とともに少しずつ摩耗していく。
そして人は、長引くほど「もういいか」と思いやすくなる

交渉で怖いのは、強い言葉をぶつけられることだけではありません。
何も返さないこと自体が、相手を疲れさせる手段になりうる
この件では、そのことも強く感じました。

だから、沈黙そのものに飲まれないようにした

もしこの沈黙が相手の戦略だったのだとしたら、そこに囚われた時点で負けだと思いました。

だから私は、あえてその点を不問にすることにしました

まるで昨日「確認します」と言われたかのように。
まるで相手の返信に時間がかかっていないかのように。
沈黙そのものには深入りせず、次の一手を打つことにしました。

それが、期日を設けて再度メールを送ることでした。

お忙しいところ恐縮ですが、来週金曜日までにご返信をお願いいたします

文面はあくまで丁寧に。
でも、返答を求めていることは明確にする。
強く出るわけではなく、受け身にもなりすぎない。
そのバランスが大事だと感じました。

「こちらも顧問弁護士に相談しています」という返事

ようやく引き出した相手の返答は、

「こちらも顧問弁護士に相談しています」

というものでした。

普通なら、少し身構える返事だと思います。
弁護士という言葉は、それだけで人を怯ませる力があります。

でも私は、むしろこう思いました。

相手を怯ませるような内容は、法のもとでの交渉では逆にアダになる。

まあ、向こうに弁護士がいようがいまいが、自分の主張は変わらないしね。

本当に筋の通った主張があるなら、必要なのは威圧ではなく説明のはずです。
だから、ここで私が感じた疑問はとてもシンプルでした。

その顧問弁護士は、本当に実在しているのか。

もちろん、実在している可能性はあります。
でも、ここまでの流れを見ていると、もっともらしい言葉が先に立ち、中身が後回しにされている印象がありました。

だから、こちらの返事は簡単でした。

顧問弁護士のお名前と所属事務所を教えてください。

脅しには脅しで返さない。
感情的にもならない。
ただ、事実を確認する。

それだけでした。

結末として、相手は折れてきた

結局、その次の返信で相手は折れてきました。

壁紙の交換費用は退去費用には含めない。

これが最終的な結論でした。
結果として、退去費用の全体の4割ほどを回収することができました。

正直、明細を見ればまだツッコミどころはあったと思います。
本気で詰めようと思えば、さらに争える余地はあったかもしれません。

でも、そこは自分の中で線を引きました。

欲張って揉めても、必ずしもいいことばかりではありません。
相手にも事業があり、利益が必要なのも分かります。
ただ、それとぼったくりが許されるかどうかは別問題です。

「相手にも一定の利益は必要」
「でも、筋の悪い請求は認めない」

そのあたりが、自分なりの落としどころでした。

相手の最終的な説明は、

「これ以上のやり取りは裁判になるし、お互いにとって不利益であると顧問弁護士に言われたから」

というものでした。

これが本当に顧問弁護士の助言だったのか。
そもそも顧問弁護士は本当にいたのか。
そこは最後まで分かりませんでした。

でも、もうそこを深掘りする必要もないと思いました。

こちらの納得できるラインまでは戻った。
それで十分です。

それ以上を追うのは野暮というものですし、下手に掘れば藪蛇にもなります。
だから私は、そこでこの件を終えることにしました。

この件で見えた本質

今回の件を通して思ったのは、
退去費用のトラブルは、単なる金額の話ではないということです。

  • 曖昧な言葉でこちらに非があるように見せること
  • 減価償却という数字の話に論点をずらすこと
  • 返答を遅らせて相手を疲れさせること
  • 「弁護士」という言葉で空気を変えようとすること

こうしたものが少しずつ積み重なって、
気づけばこちらが「もういいか」と思わされていく。

本当に怖いのは、請求額そのものよりも、
納得しないまま飲まされていく構造なのかもしれません。

だからこそ大事なのは、
感情的に暴れることではなく、
論点を見失わないこと。
強そうな言葉に飲まれず、確認すべきことを確認すること。
そして、どこで戦い、どこで引くかを自分で決めることだと思いました。

最後に

今回、私はたまたま弁護士に相談できる環境がありました。
それは間違いなく幸運だったと思います。

でも、それ以上に大事だったのは、
違和感を違和感のまま終わらせなかったこと
だったのかもしれません。

世の中には、白黒がはっきりしないのに、もっともらしい言葉だけが先に立つ場面があります。
そして曖昧な言葉ほど、人を疲れさせ、考える力を奪っていきます。

今回の「善管注意義務違反」という言葉は、私にはまさにそう見えました。

丁寧に住んできた人の感覚は、もっと信じていい。
そして、強そうな言葉ほど、一度立ち止まって中身を見た方がいい。

この件で私が学んだのは、そんなことでした。

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