プルデンシャル生命「31億円不祥事」が突きつけた“信頼の値段”

時事ネタ

ここ最近のトピックとしてプルデンシャル生命の不祥事が気になる人も多いと思います。巷では、自分は⚪︎⚪︎生命だったからよかった、と言った感想を抱く人も多いみたいですが、非常に短絡的な思考だと思います。それでは自分の資産は守れません。

まずは何が起きたのか。サマリーです。

サマリー

プルデンシャル生命は2026年1月16日、社員・元社員106人が顧客498人に対し、個人的な投資話の持ち掛けや金銭の借り入れ、着服など「金銭に関わる不適切行為」を行い、総額約30.8~31億円に上ったと公表した。受領額のうち約22.9億円は未返金とされ、元社員3人による詐取(計約6000万円)も含まれる。端緒は2024年8月からの顧客確認で、調査を進める中で複数の類似事案が判明。会社は謝罪し、社長(CEO)は2026年2月1日付で退任、後任にグループ別子会社の社長が就く。持株会社の管理監督下で、報酬制度や営業管理を含む改革プロジェクトを立ち上げ、再発防止と信頼回復を急ぐとしている。報道では、顧客と密接な関係を築く営業スタイルが裏目に出て、チェックが届きにくい土壌があった可能性も指摘される。今後は被害回復の進捗と、業界全体の再点検が焦点だ。金融庁など監督当局の対応にも注目が集まるだろう。。

出典:報道概要(ロイター) (Reuters) / 未返金額など(FNN) (FNNプライムオンライン) / 会社側の改革方針(プレスリリース/資料) (プルデンシャル日本) / 営業文化への言及(TBS) (TBS NEWS DIG)

君子危うきに近寄らず

「けしからん」で終わらせていい問題か。

今回の件を見て、多くの人は感じたのではないでしょうか。
しかし、これは“悪い社員がいた”で片づけると、また同じところでつまずく気がします。なぜなら、保険はそもそも「不安」を扱うビジネスで、そこには最初から“心の隙間”が生まれやすいからです。

保険というのは本来、「不安」に対応するための仕組みです。
不安を解消できるなら、いくらか損をする(=保険料というコストを払う)のは仕方ない。これはシンプルなトレードオフだと思っています。安心を買う。そこに価値がある。ここまでは健全です。

一方で、保険会社が高い収益を上げ、一部社員の給与が高いことは、決算書や株価、平均年収を見ればだいたい察しがつきます。企業として儲けを求めるのは当然です。
ただ、社員にとって「成果主義」の色が濃いビジネスモデルであることが、歪みを生みやすい一因になっている――私はそう考えます。

「あなたの不安に寄り添います」

この言葉は、本来は尊いはずです。実際に、寄り添う設計の商品もある。
でも同時に、この言葉が“商売文句”として機能してしまう瞬間があるのも事実でしょう。信頼を得やすい構造は、裏返れば、信頼を利用しやすい構造でもある。ここが怖いところです。

だから結論は、ただの断罪ではなく、受け手である私たちの「守り方」の話になります。

君子危うきに近寄らず。
これは保険そのものを否定する言葉ではありません。
「保険は必要。でも、関係性に飲み込まれない」
そのための“境界線”を、こちらが先に引いておくべきだと思うのです。

自分を守るための最低限ルール

  • **契約外の「投資話」「お金の貸し借り」**が出たら、その時点で終了
  • その場で決めない(必ず持ち帰る/家族か第三者に相談する)
  • 1社・1人に依存しない(比較する、見積もりを並べる)
  • 不安が強い時ほど買わない(判断が鈍る。落ち着いてから決める)

不安に寄り添うビジネスだからこそ、受け手は“優しさ”だけで判断しない方がいい。
安心は買っていい。でも、心ごと預ける必要はない。
君子危うきに近寄らず――これは逃げではなく、距離の設計なんです。

そんな僕は、生命保険には加入しています。掛け捨て保険のみです。これで自分がいなくなった世界でできるだけ金銭的に困る人がいないように「設計」しています。

皆さんも自分がいなくなった世界線を想像して、必要なだけ保険をかけるようにしてください。
決して、投資話や、投資と保険をごちゃ混ぜにしたような商品に手を出さないようにすることをおすすめします。

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