子育ての歪みを整える 僕が後悔していること

辛口子育て日記

最近、寝る前にまだ3歳の次男が僕に本を読んでくれとうるさいです。昨日も、寝る前の約1時間、ずっと本を読んであげました。結構地獄です。

でも、僕が強く決意していることがあります。
それは「できるだけ本人の希望通り本を読んであげよう」ということです。

それは打算的な理由もありますし、感情的な理由もあります。

一つは、自分に読書する習慣がなかったことへの後悔

この歳になって一番後悔していることは「読書」を習慣づけなかったことです。僕はセンター試験の国語の偏差値が50以下でした。つまり平均点以下。

それでも医学部に合格した、とつまらない自慢しているのではありません。「書くための引き出し」が少ないと感じていることです。文章を書けば書くほど、自分の国語力のなさを痛感します。学校の国語の成績ではなくて、日本語を操る力の不足を感じる場面を多く経験するからです。

他にも、今読書をして「考え方」や「情報」を得ることの楽しさを感じていますが、このような知的体験のストックを増やしておけばよかったと思うからです。

小さい頃の本の読み聞かせがその後の読書量や読書癖と結びつくわけではないと思います。なぜならば、僕自身が親にたくさん本を読んでもらったみたいだから。

でも、今こうして色々と考えながら自分の人生を歩んでいる強さには何かしら関係しているのではないかと思います。

こどもに本を読み聞かせして損無し!ということで。

2つ目、子どものやりたいを応援したい

感情的な話です。

親として、子どものやりたいことを応援したいと思うのは当然ですが、実行するのは結構難しいです。寝る前の読み聞かせは、こちらも疲れているから早く寝たかったり。人によっては、奥さんに任せて自分はスマホをいじりたかったり。

そんな思いが頭をよぎる日もあります。それでも、できるだけ付き合ってあげようと思うのは、いつか次男が大きくなった時に、「あの頃、もっと本を読んであげればよかったな」と後悔したくないからです。

別に、読み聞かせによる「高い学習効果が得られる」ことを大いに期待しているわけではないです。(実際は効果はあるとは思いますが)もっと「幸せ」の根っこの部分での「親子のふれあい」を大事にしたいと思うからです。

3つ目、やはり学習コストとして安い

打算的な考えになります。

やはり読み聞かせは、学習コストとしては安いし効率的だと感じています。購入しなくても図書館で借りることができます。我が家は年間で100冊以上の本を図書館で借りています。

季節や行事に関連した絵本
最近興味を持った動物、植物、乗り物に関する本
年齢にあった世界観の本

こういった子供にとって「旬のネタ」を提供することは非常に大事なアプローチではないかと思います。根拠はないですけど、子供の反応や成長を見てそう思います。

多くの本に触れさせてあげることでとても良い刺激になるとも思います。
そんな中で「自分は何に興味があるか」をこども自身も発見できますし
親も「こどもが何に興味があるか」見てわかるようになります。

本の読み聞かせは宝の山だなぁと思います。

ちょっと現実的な話

習い事、特に学習塾に関しては家庭ごとに考えがあると思います。そして、この子供の将来という不確定要素は親にとってはかなり大きな不安の種です。

多くを与えること、世間一般により良いとされる進路へレールを敷いてあげること

それが、親の不安を取り除くためのビジネスとなっている気がします。

教育コストって青天井ですし、どこまでかければ不安がなくなるとかもないですよね。

一方で、お金のかけられない家庭もあると思います。でも、それは別にハンデだと不安に思う必要はないと思います。

親が子供に興味を持ってよく観察してあげること
その繰り返しが子育ての本質だと思いますし
その機会を与えてくれる大事な場面として「読み聞かせ」があると感じています。

僕はこれからも頼まれたら断らずに「読み聞かせ」を継続していこうと思います。

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